本日も快晴性について

なぜ人は勝利を望むのだろう。それはその結果状態がこころ良いからである。気持ちが落ち着いて不敗神話に酔えるからである。なんとも全能感すらわいてくる。不死ではないけど一時的にそう思える。でも、そんな人間も天候には勝てない。雨が降りそうになると大抵の人は弱る。じとじとするのに気持ちがめげる。雨天決行でもできるなら避けたい。では人間はその生涯天候には常に負けるのだろうか?そうとも言えない。快晴の日を思えば少しはこころも紛れる。暑くては苦しいけど快晴な日ならなんとか気分爽快にやれる。そんな日々ばかりでないが雨の日を除いて快晴の日には人はそれをコトホグべきなんだろ。しかし人事とそれは関連する。やはり勝ったことと快晴とはある意味イコールだから常に勝てないもののせめて一つ勝利したときは自分も周囲も環境も全て祝し、その運命の肯定性を全身で浴びる、それが妥当な気がする。